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十和田"私小説" 春の章 夏の章 秋
  ある晴れた日曜日。ちょっと素敵な陽気だったので、私はふいに旅にでたくなった。唐突だな、と笑った夫は、それでもすぐに北の湖畔の宿を予約してくれた。

十和田湖なら新緑よ。もちろん夏の紅葉の頃もいいけど、私は新緑の季節がいちばん好き。そう言った友達の言葉を想いだす。聞きしにまさる、とはまさにこのこと。やわらかな色彩が私たちを乗せた車を包み込み、宿につく頃には、ふたりすっかり新緑に魅せられていた。車を降りて、深呼吸。みずみずしい緑を、胸いっぱいに吸い込んだ。
 

 
  すこし早めにチェックインした私たちは、湖の見える部屋の椅子に、向かい合って腰かける。窓いっぱいに春の午後。帽子のかたちをした雲が浮かんでる。夕食の時間まで、ふたりそうして座ってた。おだやかな、ふたりの時間。

美味しい食べ物は、それだけでエライ。テーブルに並ぶお皿のひとつひとつにうなずきながら、私はそんな素直な感想を持つ。人をこんなに笑顔にしてくれるお料理は、世界でいちばん幸せなアートだ。満ち足りた子供のような笑顔になったふたりは、夕食のあと、ラウンジで一杯だけワインを飲んで、お風呂へ。露天風呂は、春の夜の匂いが、湯気といっしょにふわふわ漂う。手脚をのばして、そっと眼をとじた。
 

光が降る。あなたに、あなたの足音に。

微笑むような、やわらかな朝。朝食を食べた私たちは、ホテルの前から湖へ続く遊歩道を辿って散歩にでかけた。白いスニーカーの足音の、響く先々に春が揺れる。

こんなにも、空が青くて、水がしずかで、あなたがいて。小さな桟橋のはじっこまで歩いて、おおきく背伸びした。むこうに紅山桜。あなたの足もとに二輪草。春のたくさんの色が、いっせいに微笑む。
 
 
散歩からもどった私たちは、ホテルの中庭でティーブレイク。風はすこし冷たかったけれど、今日はいちにちずっと空を感じていたかった。空気がまだひんやりしているからこそ、肌にとどく陽射しが嬉しい。そんな気持ちも、春らしくて。

 

また逢おうね。

旅の最後の日。私たちは奥入瀬へでかけた。春の神様は私の味方らしく、今日もとてもいい天気。私は、靴を脱いで、靴下も脱いで、緑を映す流れに足をいれる。背中であなたが笑ってる。たくさんの光のなかで。私はこの美しい季節に、そっと約束する。また逢おうね。十和田の春。
 

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